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悲鳴嶼行冥はるろうに剣心の安慈 (あんじ)と似てる?共通点を挙げてみる

鬼滅の刃の鬼殺隊の中でも最強とされる、岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじまぎょうめい)

その悲鳴嶼行冥ですが、
「るろうに剣心」のあるキャラと似ているのではないか、
という感想をよく見ます。

 

そのキャラとは、悠久山安慈ゆうきゅうざんあんじです。

 

悲鳴嶼さんと安慈には、過去のエピソードや、その他にも似ている点があります。

また、悲鳴嶼行冥には、同じく「るろ剣」の別なキャラに似た要素もあるように思いますので、

それも合わせて説明していきますね。

 



 

るろうに剣心の安慈とは?

 

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まず、るろうに剣心の安慈というキャラについて説明しておきます。

 

るろ剣は幕末の動乱が終わって平和になった明治時代の日本が舞台なのですが、

志々雄真実ししおまことが反乱を企てます。

明治政府に代わり志々雄たちが日本の権力を握ろうとするこの「国盗り」には、

政府を嫌うものたちが賛同し協力します。

 

志々雄一派の中でも、高い戦闘力を誇るのが、

「十本刀」と呼ばれる人たちです。

 

悠久山安慈は、その十本刀の一人です。

お坊さんなので、安慈和尚あんじおしょうとも呼ばれたりします。

 

鬼滅の刃の悲鳴嶼行冥と「るろ剣」の安慈の共通点

 

るろうに剣心の悠久山安慈と、鬼滅の刃の悲鳴嶼行冥の似ている点や違いはどこにあるでしょうか?

 

お寺で子供たちと暮らしていた過去

 

安慈和尚は、お寺で子どもたちと暮らしていました。

戦災で孤児となった子たちを引きとっていたのです。

安慈はとても慕われていました。

 

悲鳴嶼行冥も、鬼狩りになる前は、お寺で子どもたちと暮らしていました。

ただし、安慈とは違い、お坊さんとしてではないです。

頭を丸めていないことから、そう判断できますね。

 

また、鬼狩りのトップと初めて会ったのが18歳なので、

お寺生活の時点ではまだ子どもでした。

 

お寺の子どもたちの命を奪われた過去

 

悲鳴嶼行冥と悠久山安慈が似ていると言われる理由は、

同じような悲しい過去を持っているためです。

 

それは、お寺の子どもたちの命を奪われたことです。

 

この点で、二人はよく似ていて、悲鳴嶼行冥は安慈をモデルにした人物だと考えれています。

 

いつも両手を合わせている?

 

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柱となった悲鳴嶼行冥は、いつも合掌しながらお経を唱えています。

 

一方の安慈も、手を合わせている印象が強いです。

 

悲鳴嶼の場合は、「呼吸」のための鍛錬としてそうしているようです。

信仰としての読経ではなく、戦いに必要だから、という理由だと考えられますね。

 

一方の安慈の方は、どうなのか?

 

「祈りや願いなどでは人は救われはせぬ」

 

というセリフにあるように、もはや信心は失っているようにも思えます。

 

ただ、左之助が死んだと勘違いしたときに、

念仏を唱えようとしたことから、仏への信心が完全になくなったわけではないのかな、と思われます。

 

ともかく、二人が似ているのはこのような点にあることは間違いないでしょう。

 

鬼滅の刃の悲鳴嶼行冥と「るろ剣」の安慈の違い

 

ただ、細かく見ていくと、この二人の事情は結構、違っているようにも思えます。

 

子どもたちが襲われた理由

 

明治時代になってから、明治政府はお寺や神社を排除する政策を始めました。

 

「廃仏毀釈」と呼ばれるものです。

 

そのせいで、地元の有力者のような人から立ち退き命令された安慈たち。
理不尽な要求なのですが、特に反発することもなく、
次に行く場所について話し合ったりしていたので、
ほっておいてもそのうちに出て行ったはずなのですが。。。

 

短気な有力者によって、お寺は焼き討ちにあってしまいます。

 

この放火のために子どもたちは亡くなってしまいました。

その夜、留守にしていた安慈だけが生き残ることになりました。

 

ちなみに安慈自身もこの夜に、殴られて頭部を負傷させられています。

 

一方の悲鳴嶼行冥の過去の話はどうだったかというと、
こちらは子どもたちは鬼によって襲われて亡くなりました。

 

ただし、安慈の場合と違い、生き残った子が一名いました。

 

子どもたちの仇への復讐のタイミング

 

この二人はどちらも、襲撃してきた相手に対して、一応の復讐を遂げています。

ただ、そのタイミングは大きく違っています。

 

安慈は、修行をして体を鍛えてから戻ってきました。

元々は華奢な身体をしていたのですが、修行によって、

後の「十本刀・明王の安慈」の筋骨隆々とした姿になって、

寺の襲撃を指示した憎き仇を手にかけて復讐を果たします。

 

悲鳴嶼行冥は、修行とかするまでもなく、

鬼たちが寺を襲ってきたその夜に、

素手で鬼たちを圧倒しています。

 

そのときまでは悲鳴嶼行冥は、自分が強いことを知らなかったのですが、

実は鬼をもしのぐ剛力の持ち主だったのです。

 

もちろん、日輪刀なしにはすぐに鬼を倒すことはできないのですが、

やがて朝がやってきたので、陽の光を苦手とする鬼たち相手に勝利することになりました。

 

おかげで、自分自身と、一人の幼い少女の命を助けることができたのでした。

 

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悲鳴嶼行冥は「るろ剣」の宇水も元ネタ?

 

悲鳴嶼行冥は、目が見えません。

この点は、明王の安慈と大きく異なります。

 

もっとも、安慈も目にくまのような縁取りをしているので、

目に特徴があるという点は似てるいるといえば似ていますが。

 

それよりも、もっとビジュアル的に似ているかな、と思うのが、

安慈と同じくるろうに剣心に登場する十本刀の魚沼宇水(うおぬまうすい)です。

 

宇水はかつて、志々雄と敵同士として遭遇し、

戦った際に、目を斬られて失明してしまいました。

 

普段は目隠しをしているのですが、

素顔になると、一見すると、白目のように見える目が、出てきます。

悲鳴嶼行冥と似ていると言えなくもないかな、という気もします。

ちなみに、「るろ剣」には「宇水(うすい)」が出てきて、
「鬼滅」には「宇随(うずい)」さんが出てくるというのも、面白いですね(?)。

 

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まとめ

 

【鬼滅の刃とるろうに剣心の関係についての関連記事】 => 鬼滅の刃がるろうに剣心のパクリと言われる理由は?|共通点や比較も

【るろうに剣心の漫画を読む】
安慈和尚のかなしい過去や相楽左之助との激闘が描かれているのは、
るろうに剣心の単行本13巻になります。この巻だけでも読んでみるといいかもしれません。

 

  • 悲鳴嶼行冥と悠久山安慈は過去が似ている
  • 両者の過去の話には違いも結構ある
  • 安慈とは別の十本刀の要素も取り入れている?

よく「パクリ」などと言われることもありますが、

鬼滅の刃という作品は、るろうに剣心などの過去の偉大な作品を踏まえた上で、

作者のワニ先生がきっちりと己のものにして昇華させてオリジナルなものに仕上げた上で世に出されていると思います。

なので、過去作品へのリスペクトを表現しているという意味では、

むしろ好感が持てる作品であるという風に受け止めています。

 



 

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