生殺与奪の権とは?なぜ他人に握らせてはダメなの?意味や読み方も

どうも、難しい言葉を調べるのが好きなトモネ・コネクトと申します。

生殺与奪の権(せいさつよだつのけん)という言葉、気になりませんか?

大ヒットしたジャンプ作品「鬼滅の刃」の名言に使われている言葉です。

スポンサーリンク

この記事に書かれていること

生殺与奪の権の意味は?
どうして他人に渡しちゃダメ?

というわけで、上記の内容や、ついでに生殺与奪の読み方などについてもまとめてみたいと思います。

 

生殺与奪の権とは?

まずは、生殺与奪の権という言葉そのものについてみていきます。

【鬼滅の刃に出てくる言葉「まろび出る」について調べた記事】 => 「まろび出る」とは?意味や漢字、語源を調査|鬼滅の刃の何話のセリフ?

生殺与奪の権の意味は?

生殺与奪の権とは、相手の生き死にが自分の思いのままにできる権利のことです。

要するに、やろうと思えばいつでもやれるということですね。

漫画とかでは、強(敵)キャラがしばしば手にしていそうですね。

最近だと、「リゼロ」でスバルがエキドナと会った際に、
お前がその気になれば飲み物に毒を盛るような小細工は必要ないだろう
(その気なら俺なんか一瞬で始末できるだろう的な意味)
みたいなことを、スバルが言ってましたね。

だからって、出された飲み物を普通に飲んでしまうのもどうなんだ、という気もしましたが(^^;)。

ともかく、生殺与奪は、権利というよりも、力関係の問題という気がしますが、ちょっと知的でかっこいい用語ですよね。

スポンサーリンク

 

生殺与奪の権の読み方は?せいさいよだつとも?

生殺与奪の権は、「せいさつよだつのけん」と読まれますが、
「せいさいよだつ」という読み方もあるとか。

「殺」という字を「さい」と読むのは、「相殺(そうさい)」という言葉に例があります。
相殺というのは、反対の性質を持つもの同士が打ち消しあって無効化してしまうことですね。

炎技と氷技がぶつかって、結局熱くも冷たくもならない、みたいな。

今はどちらを使ってもいいのでしょうけれど、生殺与奪の正式な読み方は一体どちらなのか、気になりますね(笑)。

鬼滅の刃での生殺与奪の権の名言

漫画「鬼滅の刃」で出てくる「生殺与奪の権」に関する名言は、
いつ出てきて、どのような内容なのでしょうか?

スポンサーリンク

 

鬼滅の刃第一話での名言です

生殺与奪の名言は、第一話で登場したセリフです。

状況ですが、炭を売りに出かけていた主人公の炭治郎が、
家に帰ると、家族がほぼ全滅していました。

「鬼」に襲われてしまったのです。

そして、唯一生き残っていた妹の禰豆子(ねずこ)が、突然凶暴化してしまいます。

鬼の血を傷口に浴びてしまったために、自身も鬼のようになってしまったためです。

そんな中、突然妹に斬りかかってきたのが、富岡義勇(とみおかぎゆう)でした。

「生殺与奪」の名言は、この富岡という男のセリフになります。

名言「生殺与奪の権を他人に握らせるな」

 

スポンサーリンク

富岡義勇は理不尽にも禰豆子の命を奪おうとしてきたのですが、
そのわりには色々と丁寧に説明してくれもします。

実は、先ほど説明した鬼化の原因も、この人が説明してくれたものです。

禰豆子を斬らなければならない理由についても教えてくれます。

それに対して、禰豆子を元に戻す、という決意を炭治郎は表明します。

しかし、富岡さんは、それでも刀を納めてくれません。

とうとう妹・禰豆子が斬られてしまう、となった時に、とっさに妹におおいかぶさって自分を犠牲に助けようとする炭治郎。

この行動に対して、富岡義勇がなぜか急にキレます。

このときに出たのが、「生殺与奪の権を他人に握らせるな」という印象的な名言です。

誰の生殺与奪の権を誰に握らせたのか

ところで禰豆子をかばう炭治郎の行動が「生殺与奪の権を他人に握らせ」たというのは、どういうことなのでしょうか?

この瞬間、富岡義勇は、炭治郎の生き死にを自由にできる状態になっていたので、
炭治郎は自分自身の生殺与奪を、富岡義勇に握らせてしまったのだと思います。

ここで握らせてしまった生殺与奪の権は、禰豆子のだとする解釈もあるようなので、難しいところではありますが。

炭治郎にしてみれば、富岡の殺意は妹だけに向けられたものなので、
自分までは斬ろうとしないだろう、という算段が多少はあったと思います。

もっとも、単にとっさの行動にすぎなかったのかもしれませんが。

どうして生殺与奪の権を他人に握らせちゃダメなの?

 

スポンサーリンク

炭治郎の目論見通り(?)富岡は刀を止めました。

その代わりに、「生殺与奪の権を他人に握らせるな」というセリフを含む、

長文の説教が始まります。

普通に考えれば斬られるかもしれない危険をおかして妹を助けた勇気ある行動なのですが、
これが富岡さんにしてみれば、何もかも失ってしまう愚かな行為に映ったわけですね。

もしも刀が途中で止められていなければ、炭治郎も斬られ、その後で禰豆子も斬られてしまっていたわけですから。

実際には富岡さんがいい人だったので、そうならずに済んだわけですが、
そうである可能性にかけるということ自体が、甘えであり、弱さである、ということのようです。

そして、そんな弱い人間には、鬼化した妹を元に戻してやれるわけがない、というわけです。

そうやって相手に頼って委ねるのではなく、自分の行動で勝利を掴まなければならない、
怒りでも憎しみでもいいから、強い気持ちを原動力にし行動を起こしてほしい、
という想いが、この名言には隠されているようでした。

こう考えると結局、生殺与奪権を相手に与えてはならない理由は、次の通りです。

  • 相手が信用できるとは限らない
  • 他人ではなく自分の行動で運命を変えろ

 

まとめ

 

【鬼滅の刃のセリフについてのおすすめ記事】 => 「まろび出る」とは?意味や漢字、語源を調査|鬼滅の刃の何話のセリフ?

鬼滅の刃の名ゼリフに出てくる「生殺与奪の権」という言葉を調べました。

第一話からとても深いシーンが描かれている鬼滅の刃は、すごい作品ですね。

名言の背後に隠された富岡義勇のメッセージを胸に、
私たちも生きていきたいものです。

 

コメント